ブログ 2012/02/22

雨と首コルセットと女性と

これは、20年前の実話である。

今年から岡山に転勤となり、
先週行われた日本三大奇祭のはだか祭りのことを
嬉々として電話してきた個性的な友人が
久しぶりに学生時代のそのことを想い出させた。

秋の夜だった。強い雨が降っていた。
数日前に交通事故にあった私は、首にコルセットをつけていた。
経験のある方は分かると思うが、
首コルセットを着用していると上下にも左右にも、首はほとんど動かない。

元気を奪われ、弱っていた私を励まそうと、
友人がオンボロのモスグリーンの軽自動車で私の下宿先に迎えに来た。

「一緒に、晩ごはんを食べようや」

彼のモスグリーンの軽自動車は運転席側のドアは故障で開かず、
いつも助手席側のドアから乗り降りしていた。
クルマに詳しくない女学生は、
「年代モノの外車だ」という彼のジョークを信じていた。

運転席側の窓は故障で常に10cmほど開いたままで、
彼はそこに半透明のゴミ袋とガムテープで応急処置をしていた。
ETCのない時代だ。高速道路の料金所では、一旦、ガムテープを剥がし、
できた隙間から料金を払い、またガムテープを止め直していた。

そのモスグリーン車に乗り込み、近所にできた大型スーパーで買い物をし、
私たちは彼の家へと向かった。

明るい高台の道路から近道である暗い下り道路へ入り、
短いトンネルに差し掛かった時だった。

「今の見た!?」

突然、彼が興奮した。

「何を?」

「女の人が消えた!」

「どこで?」

「トンネルの入口のとこ。
 白い服の女の人が消えたで!」

「看板か、なんかの見間違えじゃないの?」

「違う、人やって!」

「じゃあ、戻って確認してみる?」

そのトンネルの出入り口の両手は3m以上の高さの土手になっており、
私たちの通っている道路以外に脇道などは存在しない。
通行人がいれば、私の目にも入ったはずだ。

「お化けかもしれへん…」

彼は急に弱気になった。

「なんだよ、それ」

「足がなかったで…」

「じゃあ、お化けだ。オレにはその姿すら見えなかったもん」

「ワシ、戻るのイヤや…。ぜったい、お化けや…」

本気でビビリはじめた彼を説得し、
私たちはUターンをして目撃現場付近に戻った。
人影はなかった。
そもそも、この道路は車の抜け道で、人が歩く道ではない。

「見間違いやったんかな…」

「まぁ、調べてみようよ」

車を路肩へ止め、私たちは現場へ降り立った。

「やっぱり、こんなとこ、人なんか通ってるはずないなぁ…。
見間違いやったんかなぁ…」

彼は自分を納得させるようにつぶやいた。

その時である。
足元に異様な光景が見えた。

人間がコンクリートの側溝にピタッと、
まるで羊羹のように、隙間なくキッチリと挟まっていたのだ。

「オオーッ! この人じゃない!?」
 
「オオーッ! この人やっ!
 見てみぃ、白いシャツ着てるやろ!」 

私たちは財宝を見つけた探検家のように興奮していた。

よく見ると、側溝には上流から濁流が轟々と流れてきており、
彼女の頭がそれを遮り、水が道路に溢れていた。
顔も濁流に浸かっている。
このままでは間違いなく、溺死する。

私たちは我に返り、急いでその女性を引っ張り上げた。
しかし、奇跡としか言いようがないくらいに、
羊羹のように、マーガリンのように側溝にピタッと挟まっており、
水圧もかかって、なかなか抜けない。

命の危機が迫っていた。焦った…。

首が痛いことも忘れ、雨に濡れながら持てる力をすべて出した。

スポンッ!

シャンパンのコルクが抜ける音がして、
女性が側溝から飛び出てきた。

30代後半~40代前半の女性だった。
ジーンズを着用していたが、ズブ濡れで黒く見えた。
彼が「足がなかった」と言った理由が分かった。
白いシャツとのコントラストもあって、
闇夜にとけて見えなかったのだ。

女性は、雨の中でも臭うくらい酒に酔っていた。

「大丈夫ですか?」

「…ありがとう」

「お家は近くですか?」

「オマエたちには関係ない!」

フラつきながら立ち上がった。

「気をつけてくださいね。では…」

女性の言動に危険を感じた私たちは、
アイコンタクトですぐにその場を去ることに決めた。

モスグリーン車に戻った時だった。

スポッ!

という音が後ろから聞こえた。

振り返ると女性が消えていた。

走って戻ると、再び、側溝に挟まっていた。
どうすればこんな狭い側溝に見事に挟まることができるのか?
私たちは感動すら覚えていた。

「たすけて!」

女性の叫びは濁流に消されていた。

そして、これは、これから起こる事件の序章でしかなかった…。
(つづく)